ハニーゴーランのライブを京橋BERONICAにて鑑賞

したのは昨日の話。

 なのに、目を閉じれば今でも鮮明に思い出せるのは、ひとえにアイドルの力の素晴らしさなのではないかと。
 まだまだ宵の口なのにドリーミーでポエジーな恥ずかしい雑文を書くつもりでいるのが申し訳ない限りですが、かの方を前にすると自分の中のそういう青臭い部分がよみがえってくるというか、もう一回頑張ってみようとか思えてきたりするのですから仕方がない。事実、行ってきたんだから仕方がない(丹波哲郎)。

 ええ、ヨコシマな私のことですから、見た目から入ったのは間違いありません。

 可愛い前田さんと綺麗な加野さん。この完璧で奇跡的な組み合わせが衆目をさらうのは異論のないところでしょう。

 ただし、ハニーゴーランが凄いのは、ひとめ見た者をとらえて離さない輝きで満ち溢れているというところ。

 実際、私自身も、別の方のライブを観に行った時にハニーゴーランのステージに出会い、その力強い輝きに魅了され、それ以来色々な場所で「ハニーゴーラン」の文字を探す日々が続いているわけです。

 まだ二回しか実際のライブを体験していない者が何を語るのか、という自己ツッコミはあるのですが、ハニーゴーランを目の前にした時の感動がどこから来るのかを確認する意味も込めて駄文は続きます。

 思うに、ハニーゴーランの魅力は「本当のアイドル」という部分に起因するのではないかと。

 もう本当にニワカが何を偉そうにとは自分でも思うのですが、初めて見た時のMCで加野さんが「こどもの頃は自分をお姫様だと思っていた」という趣旨の発言をされていて(以下は勝手な妄想)現実にお姫様でいようとすることで色々な辛い事もあった筈なのに全てを乗り越えて今、アイドルという輝きをまとった本当のお姫様になっている(以上妄想終了)そういう「夢がかなえられていく瞬間」に立ち会えているしあわせが感動につながっているのではないか、とか。
 あるいは、前田さんの発言の中で語られる「楽しむ」というスタンスが本当に本心から発せられているのが分かる真面目さ。
 たとえば、昨晩のライブでも、ご自身の京橋への愛着の現れとしてグランシャトーのCMソングをフルコーラス歌って戴けて大阪のオッサンとしては非常にありがたくも楽しかったのですが、考えてみれば単なる関西アイドルらしさだけではなく如何にかの方が自然に心の底からライブを楽しんでいるのかが伝わってくるのが嬉しくて感動につながっているのではないか、など。

 つまりは、本気で真剣に全力で真実のアイドルを全うしている姿に感動しているのだ、と。

 「本物のアイドル」が目の前で力の限り歌うのですから、そりゃあ心を掴まれないはずがない。ああ、沼のほとりに立てた喜びよ。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック